大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)13号 判決

埼玉県八潮市大字大瀬八七三番地三

原告

高橋正夫

右訴訟代理人弁護士

佐々木新一

柳重雄

奥村一彦

山越悟

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長 小田泰機

右指定代理人

川口克巳

鈴木孝

埼玉県越谷市赤松町五丁目七番四七号

被告

越谷税務署長 西堀邦康

右指定代理人

宮澤文雄

仲村勝彰

右被告両名指定代理人

松村玲子

古川敞

川名克也

高橋伯吉

荻原一夫

武内信義

三村明

佐野友幸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告越谷税務署長が平成元年三月三日付でなした原告に対する昭和六〇年分ないし同六二年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分を取り消す。

2  被告国税不服審判所長が平成二年四月一二日付でなした原告の昭和六〇年分ないし同六二年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分に対する審査請求についての裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、ネームプレート等を製造する金属プレス加工業を営む者であるが、昭和六〇年分ないし同六二年分(以下、「本件係争各年分」という。)の所得税について、青色申告書以外の申告書に別紙(一)の確定申告欄のとおり記載して、それぞれ法定の申告期限までに申告した。

2  被告越谷税務署長(以下、「被告税務署長」という。)は、これに対し、平成元年三月三日付で別紙(一)の原処分欄のとおり更正処分(以下、「本件各更正処分」とういう。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件各過少申告加算税賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて、「本件各更正処分等」という。)をした。

3  原告は、本件各更正処分等を不服として、平成元年四月二七日、被告税務署長に対し異議を申し立てたところ、被告税務署長は、平成元年一〇月二七日付でこれをいずれも棄却した。

4  原告は、これに対し、平成元年一一月二四日付で被告国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、被告国税不服審判所長は平成二年四月一二日付でこれをいずれも棄却する旨の裁決(以下、「本件裁決」という。)をし、右裁決は、同年五月一二日に原告に送達された。

5  しかしながら、本件各更正処分等並びに本件裁決はいずれも違法であるから、原告は本件各更正処分等並びに本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実は、いずれも認める。

三  被告税務署長の主張

本件更正処分はいずれも推計課税の方法にったものであり、その経緯と根拠は次のとおりであって、本件各更正処分等は適法である。

1  本件各更正処分に至る経緯

(一) 原告が提出した本件係争各年分の所得税の確定申告書には、いずれにも収入金額及び必要経費の額が記載されておらず所得金額の算出過程が不明であり、原告は昭和六二年に居宅兼作業所を新築しており、原告の事業規模等からすると本件申告所得額が過少である疑いがあり、また原告に対する調査を長期間行っていなかった。そこで、被告税務署長は、右確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるかを調査する必要性があると認め、被告所部係官内田正雄事務官(以下、「内田事務官」という。)に原告の所得税調査(以下、「本件調査」という。)に当らせた。

(二) 内田事務官は、昭和六三年八月八日午前一一時一〇分ころ、被告所部係官一名とともに原告宅に臨場し、原告に本件係争各年分の所得税の調査を行うために来た旨を告げたが、原告が急ぎの仕事があるから調査に応じられないと述べたので、帰署した。

(三) 内田事務官は、同月一一日、原告宅に電話し、次回の調査日を同月三〇日午後一時にする旨原告の了解を得た上、右日時に被告所部係官一名とともに原告宅に臨場したところ、原告の外八潮民主商工会事務局長会田公雄(以下、「会田事務局長」という。)ら計九名が待機していた。内田事務官が本件係争各年分の所得税の調査を行うために来た旨を告げると、原告は、「六〇年分のどこが間違っているか。それを言えば協力してみせる。領収証は月ごとに綴ってあるし、台帳も作ってある。」と述べ、会田事務局長とともに、具体的な調査理由を明らかにするように執拗に要求し、さらに、「越谷だって申告している人が大勢いるのに、八潮のうちに来るのは不合理で納得できない。」などと述べ、必要な帳簿書類等を提示しようとしなかった。内田事務官は、九人も立会人がいる中で調査理由を明らかにすることはできない旨原告に説明して、別室において、原告に対し、一〇年近く原告に対する税務調査が行われていないこと、原告が居宅兼作業所を新築していること等から申告内容を確認したい旨説明した。ところが、原告から右説明を聞いた会田事務局長らは、口々に「そんなんじゃ理由とはいえない。」と発言し、原告もこれに同調して、一向に調査に応じようとせず、帳簿書類等を提示することもなかった。内田事務官はこれ以上の進展は望めないと判断し、原告に次回は立会人に退席してもらうことを要請して帰署した。

(四) 同年九月七日、原告から内田事務官に次回の調査日時を同月三〇日午後一時にしてほしい旨の電話連絡があったため、内田事務官は、右日時に被告所部係官一名とともに原告宅に臨場したところ、原告のほか八潮民主商工会会員ら二名が待機していた。原告は、調査理由に納得できないこと及び経費の書類が一部見つからないことを理由に調査に応じようとしないため、内田事務官は、「調査理由は前回述べたとおりである。今ある書類だけでもよいから見せてほしい。」と述べ、調査への協力を要請したが、原告は応じようとせず、同日も調査は進展しなかった。

(五) 同年一一月四日、原告から内田事務官に次回の調査日時を同月二八日午後一時にしてほしい旨の電話による連絡があった。そこで、内田事務官は、右日時に被告所部係官一名とともに原告宅に臨場したところ、原告の外会田事務局長ら八名が待機していた。原告は、「みんな忙しいところを一か月前から頼んでいるんだ。申告する時は記帳補助者としてみんなに見てもらっている。」と述べ、内田事務官による立会人の退席要求に応じず、内田事務官が「記帳補助者が八人もいるとは通常考えられない。」と言うと、原告は「八人だけではない。」と述べ、他の立会人も「この前は九人もいて往生したろうから、今日は八人で止めておいたんだ。」などと発言した。内田事務官は、調査に入ると取引先の秘密に属する話しも出てくることから、調査に関係のない第三者がいる中では調査を進められない旨を説明したが、原告は理解を示さず、あくまで立会人のいる中での調査を要求した。内田事務官は、原告に対し、立会人の退席及び帳簿書類の提示を再三要求したが、原告は応じず、立会人らは口々に「見せろというのは強制か。強制するんだったら令状を持ってこなくてはだめだ。」「調査は延期だ。」「調査は中止だ。」などと発言し、原告も「私もこのままの状態であければ調査を受けられない。」と述べ、これまで同様調査に協力しようとする様子は全く見られなかった。また、この時申告関係資料につき原告が説明したり、テーブルに広げて提示することもなかった。内田事務官はこのような状態では今後とも原告から帳簿書類の提示等の調査協力を得ることはできないと判断して帰署した。

2  本件推計課税の必要性

被告税務署長は本件につき推計による課税を行ったところ、以下のとおり推計課税の必要性があった。

(一) 本件調査の必要性

所得税法において採用されている申告納税制度のもとでは、納税義務者が納付すべき税額は、その者の行う申告により確定することを原則としている(国税通則法第一六条)が、最終的な税額の確定は税務署長に留保され、その更正等のないことを条件として、納税者の申告が承認されるにすぎない。したがって、税務署長は、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現させるため、常に納税者がその義務を履行したか否かを調査する職責を有し、納税者の申告額が自己の調査したところと異なる場合には、申告額に拘束を受けることなくこれを更正にしなければならず、そのために所得税法第二三四条において質問検査権の規定が設けられている。そして同条にいう「調査について必要があるとき」とは、調査権限のある税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告の体制・内容、帳簿等の記入・保存状況、対象者の事業形態等諸般の具体的な事情に鑑み、調査の客観的な必要性があると判断される場合をいうものと解すべきであり、また、調査の客観的な必要性がある場合とは、右のような質問検査権が認められている趣旨及び税務署長がいかなる場合に調査をすべきかは法律に別段の定めがないことからすれば、納税義務者の申告につき過少申告の疑いが存する場合だけでなく、適正公平な課税の実現を図るために申告の適否、すなわち申告の真実性、正確性を確認する必要が存する場合も含むと解すべきである。したがって、前記1のような事実に照らすと、本件調査には調査の必要性があったことは明らかである。

(二) 第三者の立会について

税務職員の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施細目については、前記のとおり質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきところ、税務職員が右質問検査権を行使するときの第三者の立会についても、税理士法第三四条以外に実定法上特段の定めがないから、税理士以外の第三者の立会を拒否するか否かは、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているというべきである。また、税務調査においては、調査の内容が被調査者のみならずその取引の相手方である第三者の営業の秘密に及ぶことが少なくないことからすると、被調査者が法律の規定によって守秘義務を負わない第三者の立会を要求する権利があるとはいえない。なお、いわゆる記帳補助者も、納税者本人以外の第三者であることに変わりないから、税務調査に立会う権限を有しないことはいうまでもなく、また、記帳補助者を立ち会わせるか否かについても税務職員の合理的な選択に委ねられているというべきである。したがって、本件調査において、原告が立会を求めた第三者は被告職員の平穏な質問を妨害し、右第三者において法律上の守秘義務を負わないので原告は右第三者の立会を要求する権利を有しなかったのであるから、被告職員が右第三者の立会いを拒否したことは正当な処置であり、裁量権の範囲内の行為である。

(三) 調査理由の告知について

所得税法第二三四条第一項によれば、質問検査権の行使に際し、調査の具体的理由、必要性を事前に告知することは要件とされておらず、他にも右のような告知義務を定めた規定は存しないから、調査の理由ないし必要性を告知するかは税務職員の合理的な裁量に委ねられているところであって、右告知をすることは調査の適法要件ではない。

(四) 本件推計課税の必要性

所得税法第一五六条は推計による課税を認めているところ、推計課税は一般的に、納税者が帳簿書類を備えて付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、納税者が帳簿書類を備え付けてはいるが、誤記脱漏が多いとか、同業者に比し所得率が低率であるとか、二重帳簿が作成されているなど、その内容が不正確で信頼性に乏しい場合、及び納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため直接資料が入手できない場合のいずれかの場合に許される。すなわち、これらの場合は、いずれも税務署長が十分な直接資料を入手できないため、直接資料に基づく実額による所得算定ができない場合であり、結局、推計課税は、実額課税をなし得ない場合に行われるものである。

本件調査において、原告は、内田係官による再三の調査協力要請に対し、前記のように第三者の立会を認めなければ調査に協力できないとして、帳簿書類を提示せず、本件調査に全く協力しない状況であった。そのため被告税務署長は、原告の所得金額を実額で把握することが不可能となり、やむを得ず、原告の本件係争各年分の所得金額を推計による算出したものであるから、推計の必要性があったことは明らかである。

3  本件推計課税の合理性

被告税務署長は、同署長が把握した原告の本件各係争年度の収入金額に、原告と事業規模等を同じくする金属プレス加工業を営む個人事業者(以下、「比準同業者」という。)の当該各年の平均所得率を乗じて本件各係争年度の所得金額を算出した。

その際、被告税務署長は、比準同業者として、原告の納税地を所轄する越谷税務署の所轄管内の八潮市及び三郷市に住所を有し、原告と同様金属プレス加工業を営む個人事業者のうち、左記(一)ないし(五)に該当する者を選定した。なお原処分では八潮市だけから同業者を抽出していたが、被告所轄管内の越谷市、三郷市、八潮市、吉川町及び松伏町のうち、三郷市と八潮市は隣接するうえ、他の市・町に比較して取り分け商工業者が多く、金属プレス加工業が集中操業している同一需給圏であることから、八潮市に加えて三郷市に住所を有する業者を含めて抽出したもので、この方法がより合理的である。

(一) 所得税青色申告決算書を提出していた者

(二) 年間収入(売上)金額(雑収入を除く)が本件係争各年分ごとに原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内の範囲の者

(三) 暦年を通じて金属プレス加工業を継続して営んでおり、原材料の仕入がない者

(四) 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者

(五) 税務署長から更正または決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立及び訴訟係属中でない者

被告税務署長は、比準同業者として、右の条件を充たす者の全部を抽出したもので、その抽出に恣意が介在する余地はなく、これら比準同業者は原告と業種を同じくし、また事業規模において類似しているから、これら同業者の所得率の平均値を適用して原告の事業所得金額を算出する方法には合理性がある。

4  原告の本件係争年度における事業所得金額及びその算出根拠は次のとおりである。

(一) 昭和六〇年分

原告の昭和六〇年分の収入金額は、別紙(二)記載のとおり八三三万二五一二円である。

前記3の選定基準に該当し、原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内の範囲である四一六万円以上一六六〇万円以下の同年分の比準同業者は別紙(三)のとおりであって、その平均所得率は五七・五四パーセントである。

したがって、同年分の原告の所得金額は、右八三三万二五一二円に五七・五四パーセントを乗じた四七九万四五二七円である。

(二) 昭和六一年分

原告の昭和六一年分の収入金額は、別紙(二)記載のとおり八七四万〇七〇〇円である。

前記3の選定基準に該当し、原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内の範囲である四三七万円以上一七四八万円以下の同年分の比準同業者は別紙(四)のとおりであって、その平均所得率は五八・六六パーセントである。

したがって、同年分の原告の所得金額は、右八七四万〇七〇〇円に五八・六六パーセントを乗じた五一二万七二九四円である。

(三) 昭和六二年分

原告の昭和六二年分の収入金額は、別紙(二)記載のとおり六五四万六七一円である。

前記3の選定基準に該当し、原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内の範囲である三二七万円以上一三〇八万円以下の同年分の比準同業者は別紙(五)のとおりであって、その平均所得率は五九・九九パーセントである。

したがって、同年分の原告の所得金額は、右六五四万〇六七一円に五九・九九パーセントを乗じた三九二万三七四八円である。

5  本件各更正処分の適法性

本件各更正処分に係る総所得金額は別紙(一)原処分欄記載のとおりであり、いずれも前記の原告の本件係争各年分の総所得(事業所得)金額の範囲内であるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

6  本件各過少申告加算税賦課決定処分の適法性

被告税務署長は、原告が本件係争各年分に係る総所得(事業所得)をいずれも過少に申告していたので、本件各更正処分に伴い原告が納付すべき所得税額(国税通則法第一一八条第三項の規定により一万円未満の端数切捨て後の金額)を基礎として同法第六五条第一項の規定(昭和六〇年分及び同六一年分については昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。

四  被告国税不服審判所長の主張

本件裁決は、以下のとおり適法である。

本件審査請求を担当した担当審判官および審査官(以下、「担当審判官ら」という。)は、平成二年二月九日、原告提出の昭和六一年分の必要経費に係る領収証並びに外注費にかかる納品書及び請求書等を収受したので、その検討をし、その後、同年三月三日に原告に電話をして、昭和六〇年及び同六二年分について証拠資料等を提出する意思があるか否かを確認し、その提出期限を確定するとともに、原告が記帳している帳簿等についての有無を確認し、それらの帳簿等があっても国税不服審判所に提出されなければ証拠として採用されない旨伝えた。そして、担当審査官らは、同年同月一九日、原告の昭和六〇年及び同六二年分の必要経費に係る領収証及び外注費に係る納品書及び請求書並びに損益計算書と題する書面及び同付属書類等を収受したのでその検討をしたところ、本件係争各年分について、収入及び支出に係る取引き実績額を継続的に記録した帳簿の提出がなく、また、収入金額について、請求書(控)及び領収証(控)の提出がなく、さらに、原告が提出した必要経費に係る領収証等の中にはその費用の支出と事業との関連が明らかでないものが含まれていることから、原告が提出した証拠資料によっては本件係争各年分の事業所得の金額を実額計算の方法で算定することができないと判断した。このように、被告国税不服審判所長は、原告が提出した証拠資料を精査、検討して、本件審査請求における争点について実質的審理を行った。したがって、本件裁決には、実質的審理を怠った違法はない。また、国税通則法第九七条第一項は、その文理上からも明らかなように、担当審判官が審理を行うために必要があるときは調査権を行使できるというものであって、審理に当って必要な調査等の要否、方法等についての判断は担当審判官の合理的裁量に委ねられる旨規定したものであるから、担当審判官らが原告に対し何ら説明を求めなかったとしても違法ではない。

そして、本件裁決書には右のような判断及びその理由が明記され、被告国税不服審判所長が原告の不服事由に対応してその結論に到達した過程が明らかにされているから、本件裁決書は理由付記の要件を十分満たしている。

五  被告らの主張に対する原告の認否

1(一)  被告税務署長の主張1(一)の事実のうち、本件係争各年分の所得税の確定申告書に収入金額及び必要経費の額が記載されていなかったこと、原告が昭和六二年に居宅兼作業所を新築したこと、及び原告に対する税務調査が長期間行われてなかったことは認め、税務調査の必要性があったとの点は否認し、その余の事実は知らない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

(三)  同1(三)の事実のうち、被告主張日時に内田事務官他一名が原告宅に臨場したこと及び原告外九名が待っていたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、昭和六三年八月三〇日、調査に応じる予定で、売上帳、外注帳簿、経費関連資料等の基本的な書類や領収書類等を用意し、一部は机の上に出して待機しており、臨場した内田係官らに、領収書は月毎に綴っており台帳も作っている旨を述べ、ダンボール箱にいれてあった帳簿類の存在を示し、一部についてはこれを取り出して確認させた。そして、原告は、自主申告制度である以上納税者の権利として、調査の理由の説明を求めたところ、内田係官は立会人がいる中での説明はできないという態度をとり続けたため、原告だけが別室で調査理由を聞くことにした。しかし、内田係官の説明は、一〇年近く税務調査が行われていないこと、及び原告が居宅兼作業所を新築していることの二点のみであり、原告は、右説明では調査理由として納得できず、また右説明では、立会人を拒否する理由となる守秘義務とも無関係であったため、その旨を内田係官に告げ、より具体的な理由の開示を求めた。すると内田係官はこれでは調査ができないとして、一方的に調査を打ち切り退出した。

(四)  同1(四)の事実は概ね認める。原告は、調査理由の開示を求めることもなく、調査に応じる態度を表明したうえで、調査に答えるために用意していた資料の重要な一部を妻が持ち出して手元になくなっていることから調査の延期を求め、内田事務官もこれを了解した。

(五)  同1(五)の事実のうち、内田事務官他一名が原告宅に臨場したこと及び原告外八名が待っていたことは認め、その余の事実は否認する。

昭和六三年一一月二八日、原告は、外注費、人件費及び一般経費の領収書並びに売上記録を編綴したバインダーを箱に入れて準備をし、申告関係資料を用意している旨を告げるとともにその所在を示して、内田事務官に調査に入るよう求めたが、内田事務官は、立会人がいることを理由に一方的に調査を中止した。原告は、内田事務官に対し、右立会人は原告が依頼した立会人であり守秘義務とは無関係であり、記帳補助者に当たること、及び立会人のいる中で円滑に調査が進んだ過去の事例をも説明し、さらに立会人に人数を絞り込むので調査に入るよう求めたが、内田事務官はこれも拒否した。

同年一二月二三日、原告は、内田事務官に対し、調査に当たり記帳補助者の人数を二人に絞るので調査に入るよう求めたが、内田事務官は立会人が一人でもいれば調査に行けないとしてこれを拒否した。さらに、原告は、昭和六四年一月六日にも、内田事務官に対し、同月三〇日に調査に応じる旨連絡したが、内田事務官は立会人が一人でもいれば調査に行けないとしてこれを拒否した。

2(一)  被告税務署長の主張2(一)は争う。

(二)  同2(二)は争う。

(三)  同2(三)は争う。

(四)  同2(四)は争う。

3  被告税務署長の主張3は争う。

4  被告税務署長の主張4(一)ないし(三)の事実のうち、原告の収入金額はいずれも否認し、その余は争う。

5  被告税務署長の主張5は争う。

6  被告税務署長の主張6は争う。

7  被告国税不服審判所長の主張のうち、原告が被告国税不服審判所長に対し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの収支の明細及び同明細を根拠付ける付属書類、必要経費にかかわる領収書類を提出したこと(なお、提出月日は、昭和六〇年分と昭和六二年分は平成二年三月二二日、昭和六一年分は同年二月九日である。)は認めるが、その余は争う。

六  原告の反論

1  本件においては、推計課税の必要性はなかった。

(一) いわゆる白色申告書においては収入金額並びに必要経費について記載することを義務付けられておらず、かつ実際上も白色申告書の多くはこれらを記載していないから、白色申告書に収入金額、必要経費の記載がないことを理由として税務調査の必要性が根拠付けられるものではない。また、原告が昭和六二年に居宅兼作業所を新築したことは認める(但し原告とその子との共同所有である)が、右事実から税務調査の必要性が導かれるものではない。さらに、税務調査を長期間実施しなかったのは、その必要性がなかったからに他ならないから、これによって何ら調査の必要性を根拠付け得るものではない。

(二) 本件調査において、原告は、前記のように資料を用意して調査に応ずる意思を示し、その立会人については必要な最小限度でもよい旨述べたにもかかわらず、内田事務官は、頑に立会人が一人でもいれば調査に入らない旨言明して調査に入らなかったところ、本件では立会い人を排除すべき具体的必要性は何ら存在していなかったもので、同事務官が本件調査に立会人を拒否したのは、左記のとおり社会通念上相当な程度を越え、合理的裁量権限を著しく逸脱したものであって、違法である。したがって、本件推計課税は、その必要性を欠き、違法である。

(1) 第三者の立会の必要性

税務調査を受ける個人は、税法や税務に精通していない者が殆どであるから、課税処分を目的とする税務職員の質問検査に十分に対応し、自分の権利や利益を守る手だてを持たないのが普通である。しかも税務調査は権力を背景として行われ、人権無視の強権的な調査も後を断たず、とりわけ本件で窺われるように税務調査を口実に民主商工会の組織破壊の意図で臨場してくる税務職員に対応するには、納税者本人だけで対応するのは不可能である。本件における立会人の殆どは原告の帳簿記録の精通者であるが、仮に精通者でなくとも、立会によって不当な調査が行われないように監視し、不当な事例があれば本人に助言し、その場で誤りを是正させなければならない。また調査のやり方や現場のやり取りを証拠保全するためにも立会人の存在は有益な場合がある。立会人がいないため証人が立てられず、理不尽な弾圧を許した例も少なくない。このような具体的な必要がある以上、任意調査に応ずるための条件として、被調査者が信頼する者を立ち会わせることは極めて当然のことであって、これを否定する法律的根拠はない。

(2) 税務職員に質問検査権があることは立会人拒否の根拠とはならない。

そもそも税務職員の質問検査権から立会人排除の権限を導き出すことは明文上できない。かえって、所得税法の質問検査権の解釈論としても、左記のとおり納税者が税務調査を受けるに当たって立会人の立会を求める権利があるとする結論が、導き出される。

申告納税制度を採る税法の下では、課税標準と税額の原則確定を納税者の確定申告にかからしめているところであるから、調査の必要性は、確定申告に誤りがあって、申告以外に納税義務があることを課税庁において相当程度の蓋然性をもって推認しうる場合に限り肯定され、さらに質問検査の必要性については、単に調査の必要性のみならず、罰則の裏付けのある質問調査によることの必要性を意味するものである。すなわち、質問検査は調査の一方法にすぎないから、調査の必要が直ちに質問検査の必要性を充たすものとはいえず、質問検査の必要性としては、さまざまな調査方法の中でも、調査目的を遂行するうえで質問検査の必要性がある場合、すなわち罰則の裏付のある質問検査の方法でなければ調査目的が完遂しないという程度に高い度合いの、かつ限定された必要性が要求されていると解すべきである。

このようにして、納税者が税務署長の調査を受ける過程では、常に具体的に納税者の権利と、公権力の調査の必要性とが厳しく対立する緊張関係が存在するから、第三者の立会は、納税者の権利を擁護し公権力の不当な権力行使を監視する役割において重要な位置にある。すなわち、納税者は質問検査を受けるに当たり、それが罰則を背景として行使される税務職員の権限であることの対抗的関係として、弁護士、税理士、その他納税者の回答、内容の程度について常に助言を得、それを補佐する者の援助を求めることによって、その権利が守られるものである。そこで、立会人を排除せしめる裁量権行使の基準とは、具体的な場面において、排除を合理的とするその必要性にあって、その必要性がないにもかかわらず、一般的にかつ一律に排除することは許されない。

(3) 抽象的な守秘義務違反の虞れは、立会拒否の理由とならない。

税務職員の守秘義務は、一般公務員法において規定するものと、各税法上のものがあるところ、各税法上の守秘義務は、特殊税法的意味における「個人的秘密」を対象とするから、その具体的範囲は、納税者の職業、社会的地位、地域的特性、事件の進行状況等の諸事情によって異なってくる。一般公務員法上の守秘義務は、税務関係については結局税務行政庁側の秘密が対象となるが、その範囲は、行政の便宜の観点から論じられるべきではなく、守られるべき秘密を有する国民の利益から論じられなければならず、したがって、その秘密とは、もしそれを漏らした場合には国民の大部分にとっては不利益となり、罰則によって保護されるに値するような実質的秘密でなければならない。このように、税務職員が税務調査において第三者が立ち会った場合に、守秘義務違反が生じるという危険性は、それだけでは極めて抽象的な危険性に止まるものである。そして、公務員が第三者と同時に知り得た情報は、当該第三者との関係では秘密とならないのであり、税務職員が具体的な質問検査の過程で納税者本人の開示していない情報に触れる必要が生じた場合に、その時初めてその理由を告げ、立会人の退席を求めれば足りる。以上のとおり、守秘義務との抵触は、抽象的危険性ではなく、個別具体的な場合における問題であって、一般的に第三者の立会を一律に排除する理由とはならない。

(4) 税理士法の規定も立会拒否の理由とならない。

税理士法第二条は、税理士以外の者が税務代理をすることを禁止しているが、これは従前から慣行として存在していた税理士事務所の職員の立会や、納税者本人以外の会計・経理担当者、あるいは民商会員や同事務局員が調査に立ち会うことを禁止する趣旨ではない。同法の改正に伴う国会での政府答弁もその事実を前提にして、第三者が立ち会っても、自らが直接担当者に何も言わなければ問題はなく、本人が調査担当者から質問された会計帳簿の説明のための立会も税理士法には抵触しないことが確認されている。

(5) 法の下の平等違反

被告は、原告らの所属する民主商工会を納税非協力団体と呼称し、同会に属する納税者については第三者の立会いを認めていない。しかし、協力団体として取扱う団体に対しては、常に調査立会人を認めており、明らかに原告ら民主商工会会員に対する差別的取扱いを行っているから、法の下の平等に反するものである。

(6) 慣行の存在

実際にも、調査現場における第三者の立会いはしばしば行われており、被告管内の各調査においても、調査における立会人の存在は慣行化しており、これまでに問題になった事例はない。

2  本件推計課税には、合理性がない。

被告税務署長は、原処分においては比準同業者を越谷税務署管内の全行政区から悉皆的に選定していたにもかかわらず、本訴においては、恣意的に同管内の二行政区に限定して選定している。これは、被告税務署長が、本訴に先行した税務訴訟(当庁昭和六二年(行ウ)第九号事件、原告江幡昭一)において、同事件の原処分の同業者率では原処分を維持することができなくなったので、同業者率を高める操作をするため、従来の悉皆的選定ではなく右二行政区を恣意的選定したことから、本訴訟においても、これとの整合性を図るために右二行政区を選定したものである。したがって、本件における比準同業者の抽出には合理性がない。

また、被告税務署長が抽出した比準同業者はいずれも青色申告者であり、本業態においても青色申告をする個人事業者にとっては家族専従者の貢献が不可欠であるところ、原告は、本件係争各年度中、妻が躁鬱症に罹患していたためその協力を得ることができなかったので、雇い人を増やすか或いは外注を増加せざるを得なかった。したがって、原告の営業形態はこのような事情のために比較同業者との類似性が存在せず、本件係争各年度における実質の製造原価(収入原価、その大半は給与・外注費である)は、被告税務署長が抽出した青色申告個人事業者に比し、給与・外注費の占める割合が高く、その割合だけで被告税務署長抽出の同業者経費率を大きく超過するものであった。このように、本件においては、「一般に同業者は同程度の収入によって同程度の所得を得るのが通例である。」という経験的相関性が否定され、ないしはこれに対する強い反証があるから、推計課税の合理性は存しない。

3  所得金額の主張立証責任について

(一) 行政訴訟において、行政処分の適法性の主張立証責任は行政庁が負うところ、課税処分も行政処分であるから、その適法性の主張立証責任は課税庁にある。したがって、課税庁が納税者の係争年分の所得を主張立証して、当該課税処分が適法であることを立証すべきであり、これに対し、納税者は、適法性に対する疑義を主張し、それに対応する証拠を提出すれば足りる。この点は推計課税の場合も同様であり、その意味で必要経費についての立証責任は課税庁にある。もっとも、推計による所得については課税庁が、実額による所得は納税者がそれぞれ主張立証責任を負うとする見解もあるが、納税者の所得金額は各年度一つしかなく、推計による所得と実額立証により認定された所得の二個が存在するわけでなく、推計か実額かは所得の認定方法の別を意味しているに過ぎないのであるから、右のような見解は不当である。このように、係争年分の納税者の所得については課税庁に主張立証責任があるから、課税庁によって収入が実額で主張され、納税者がこれを争わないことで確定した部分については、立証責任の問題は生ぜず、納税者は他に収入がないことまで立証する責任はなく、また、経費については、納税者において推計を破るに足る反証をすれば足りる。そして、このような場合には、或る必要経費の額が当該年度のどの収入に対応するかまでを論じる必要もない。すなわち、収入と経費とは必ずしも個別的に対応する関係にはなく、発生主義において収入と経費の発生年度は当然にずれが生じる場合がある。したがって、納税者は、その継続する事業における事業所得の申告である以上、それが事業所得を得る上で必要な経費であることさえ明らかにすれば足りるというべきである。そして、課税庁が必要経費の額が当該年度の収入との関係で過大に不均衡があるというのであれば、課税庁においてその旨を主張すべきである。

(二) 発生主義について

現行法は収入金額を「収入すべき金額」というにとどまっているから、その内容は法律上の判断事項である。そして所得税は経済的な利得を対象とするから、究極的には実現された収支によってもたらされる所得について課税するのが原則であって、いわゆる発生主義と現金主義の区別は課税原則の問題ではなく、課税金額を算定するための売上と経費の発生時期を確定する技術的側面の問題にすぎない。このように、発生主義(権利確定主義)は、課税庁側で定めた一応の原則であって、所得税法上その例外を許さないものではなく、衡平の見地から所得の実態に即応してその適用を緩め、更には現実収入主義による方が妥当であると考えられる場合には例外的に発生主義の適用を排除すべきである。また発生主義が適用される場合であっても、いかなる事実をもって権利が確定したと解するかは、所得の種類、性質、具体的契約内容等により異なるものであり、取引きの実状に沿って当事者間の慣行や合理的意思解釈に委ねることがふさわしい場合も存するところ、発生主義に頑なに固執して、発生時期をある時点に固定し、権利を便宜的に確定することはかえって実態からかけ離れる結果になることは明らかである。実額反証における主張立証責任は以上のとおりであって、これを越えて納税者に報復的に特殊な完璧な立証あるいは不存在の証明まで求めるのは誤りである。

(三) 実額反証における立証方法について

原告のように白色申告者でかつ年間所得が三〇〇万円に満たない者については、所得税法上帳簿の記帳義務及び保存義務はないから、全体として完備された帳簿が存在しないからといって、いかなるペナルティも課せられる立場にない。したがって、実額反証においても、帳簿でなく、原資料の証明力そのものによって判断されるべきである。そして、例えば現金出納帳の記載がなされていないからといって、納税者の作成している帳簿書類等の正確性に当然に疑問が生ずる訳ではなく、営業の形態、作成されている会計帳簿等の種類、記帳状況等を総合判断すれば、右のような帳簿書類等の正確性が肯定されることも当然あり得る。

4  原告の実額の主張立証について

(一) 原告は白色申告者で、かつ年間所得が三〇〇万円に満たない者であり、前記のようにその家族状況は極めて悲惨であって、日々帳簿を作成することができない状況であった。しかし、原告は、売上については売上帳、外注費は外注取引帳、雇人費についてはそれに応じた台帳、時間管理帳を作成し、かつ源泉所得税の納付証明も存在し、その他の各経費については支払の都度の領収書類を各月毎に一括保管する方式でその収入と経費を管理していたのであり、これら資料は原告の所得の実額につき十分な証明力を有するものである。

また伝票管理によっても、原告の収支を必要に応じて収支明細書形式として再生することが可能であり、これによれば、原告の収支の全体像が各項目毎に時系列的に把握でき、組織的、統一的に管理されたものとして立証することが可能である。原告が本訴において提出した領収書類のうち宛先のないものあるいはレシート形式のものは一部にとどまり、かつ必要経費中些少な部分であって、原告の必要経費についての主張のほとんどは、関連性、対応性において信頼でき、総体において必要性が肯定されるところである。

(二) 原告は、本件において売上を原則として発生主義に基づいて整理しているが、原告の主張する売上額と被告の主張する売上額とはほぼ一致しているから、本来売上額は争いがないものとみなされるべきである。原告は、本訴において、被告が捕捉しなかった売上も計上し、被告の捕捉した売上が不正確な部分は正確な売上を対比して主張しており、その売上帳、請求書、領収書、銀行口座記録、通帳のすべてを書証として提出しているのであるから、原告の主張額は実額であって、その他に売上が存しないことは明らかである。

(三) 原告の収支の処理のうち、外注費については、外注先からの納品あるいは請求書を受けた時点ではなく、取引約定に基づき支払期日が決定されているものについてその支払期日において支払った事実を捉えて経費算入を行っている部分があり、この部分については、いわゆる現金主義処理となっている。これは、原告の事業実態が小規模かつ継続的であり、外注先も外注費用請求について期日が一定せず、継続的な取引きの何件かをまとめて、時に年度を越え、あるいは大きく遅れて請求が発生する場合がしばしば存在し、納品の期日と納品書期日及び請求書の期日が不一致の場合も多いので、それを年度末に法人税法の算出や本格的な会計処理原則にたって中間費用の認定や仕掛品の棚卸処理、納品書前後の一定期日で経費を確定するよりも、現実の支払期日をもって経費認定を行う場合が合理的だからである。

5(一)  原告の本件係争各年分の事業所得は次のとおりである。

昭和六〇年分 二二〇万七九五四円

昭和六一年分 二八四万四四六四円

昭和六二年分 一六〇万七四五九円

右各事業所得金額の内訳は、次のとおりである。

(1) 収入額

原告の係争各年分の収入金額は、左記のとおりであり、その明細は別紙(六)記載のとおりである。

昭和六〇年分 八四三万〇六四〇円

昭和六一年分 九〇一万五八三六円

昭和六二年分 六五三万五五八七円

なお、原告のようなプレス業における使用素材は既にアルミ材等金属素材から塩化ビニール等再利用不可能な素材に転換しているので、使用材料はむしろ費用を支払って処分しており、くず鉄等の売却収入等の雑収入はない。

(2) 収入原価

原告の係争各年分の収入原価は次のとおりであり、その明細は別紙(七)の収入原価欄記載のとおりである。

昭和六〇年分 四三三万六一九六円

昭和六一年分 四六一万八二八二円

昭和六二年分 二六三万九五三六円

(3) 一般経費

ア 原告の係争各年分の一般経費は次のとおりであり、その明細は別紙(七)必要経費欄記載のとおりである。

昭和六〇年分 一八八万六四九〇円

昭和六一年分 一五五万三一一七円

昭和六二年分 二二八万八五九二円

昭和六〇年五月五日の従業員慰安旅行費用は、同年四月分の給与まで、従業員から旅行積立金を徴収しており、右積立金と実経費の差額である。

昭和六二年分における新築関連費用については、所得税法施行令第五四条第一項の取得価額は当該資産の購入代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手続料、関税等購入に用した費用を加算した金額)をいい、法人税においては、新工場の落成、操業開始等に伴って支出する記念費用等のような減価償却資産の取得後に生じる付随費用の額は、その取得価額に算入しないことができることになっているから、これに準ずれば、所得税についても新築関連費用を必要経費として処理し得るものである。

そして、経費中、家事関連部分と思われるものについては、合理的な範囲で減額しており、経費性の明確でないものは減額している。

なお、後期七2(二)(3)の各外注費がいずれも昭和五九年分の外注費として請求されたものであることは、認める。

イ 仮に右アの経費中、法律上発生主義によるべきものがあり、そのため経費の一部が否認されるべきであるとした場合、原告の本件係争各年分の一般経費は以下のとおりである。

ⅰ 昭和六〇年分

昭和六〇年分の経費のうち、別紙(八)のとおり金三六万三七二六円を減額し、別紙(九)のとおり昭和六一年分の経費のうち一一万八二五九円を昭和六〇年分経費とする。

ⅱ 昭和六一年分

昭和六一年分の経費のうち、別紙(九)のとおり金一一万八二五九円を減額する。

(二)  したがって、各年度の原告の税額は、左記のとおりである。

昭和六〇年分 一二万二五〇〇円

昭和六一年分 一九万三九〇〇円

昭和六二年分 一万三二〇〇円

6  本件裁決の適法性について

国税不服審判所の裁決取消訴訟の違法は、同審判所の設立趣旨、審理構造及び審判手続に照らし、その形式的な手続違背に止まるものではない。

審査請求においてはいわゆる争点主義が採用されており、この争点主義とは、裁決手続を簡易迅速に処理するための事務効率化に根拠をもつものではなく、更正処分を争う審査請求人に意のあるところを十分に主張させ、その争点に沿って攻撃防御を尽くさせるという納税者の権利性の承認にその根拠がある。そこで、審査請求人が明示し、そのための証拠を提出し、その結果争点として成熟した主張について、審判所が判断を回避・逸脱した場合は、裁決手続の実質的保障が図られなかったものとして、裁決の固有の瑕疵・違法事由になると解すべきである。そして、ここにいう判断の回避・逸脱には形式的には判断した外形があっても実質的には判断されなかった場合も当然含まれる。

また、裁決手続における経験則違反、審理不尽、理由不備等の違法は、裁決固有の違法というべきである。これらは、原処分とは別の裁決自体の構成要素であって、独立に訴訟の対象としても判断の矛盾抵触は生じないし、またこれらの違法があれば、裁決の適正が害され国民の権利が救済されないことは明らかであるから、独自の訴訟対象として適法性を判断すべきであり、訴訟経済上も問題はない。

本件裁決において、原告が提出した収支明細等の資料は一〇〇〇号に近い膨大なもので、かつ各資料を項目別、時系列的に整理した損益計算書も併せて提出したにもかかわらず、被告国税不服審判所長は、原告に対し、右資料の内容について説明を求める手続を採らず、また、臨場調査や職権調査を行わず、具体的な争点を指摘した資料の追加提出要求をすることもなく、原告が右資料を提出してから僅か二〇日余りで本件裁決を行った。本件においては、原告の提出した資料により、及びこれが不十分であれば原告に追加資料の提出を求めることにより実額の把握が十分可能であったにもかかわらず、被告国税不服審判所長は、原告の提出した資料によっては原告の本件係争各年分の事業所得額を実額計算の方法により算定できないとの理由で本件審査請求を棄却した。以上によれば、本件裁決において、被告国税不服審判所長は、原告の提出した資料を基本的に検討せずに、本件審査請求を棄却したことは明らかである。換言すれば被告国税不服審判所長は、原告が審査手続中で主張し、争点となった原告の実際の収支と課税処分の適否及び原告の家庭の特殊事情と推計課税の合理性について、何ら実質的に検討しなかったのであるから、本件裁決は、審査請求人が明示しそのための証拠を提出し、その結果争点として成熟した主張について実質的審理を経ず、その判断を回避・逸脱したものであり、その程度は、右争点の重要性に照らすと、国税不服審判所の審理あるいは質問・検査権限の行使における裁量の範囲を超えたものであって、審理不尽・経験則違反の違法があるというべきある。

そして、本件裁決における棄却の理由は、白色申告者である原告に直接確認するか説明を求めれば容易に判明する筈の事実をことさらに無視して言い逃れに終始しているものであるから、国税通則法第一〇一条、同第八四条所定の理由附記の要件を充足していないものであって、本件裁決は、この点でも違法を免れ得ない。

七  原告の反論に対する被告税務署長の再反論

1  原告の反論1(二)(5)及び(6)は、否認する。

2(一)  実額反証の主張立証について

納税者が課税庁の推計による所得金額を争い、真実の所得金額が推計額と異なることを主張する時は、これについて積極的に証明すべき責任を負う。すなわち、申告納税制度のもとにおける納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認するための税務調査に対しては、所得金額の計算の基礎となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものであって、申告納税義務に違反して直接資料を提示せず、調査に協力しないために、やむを得ず課税庁をして推計課税を余儀なくさせた納税者が実額反証を許される結果、申告納税義務を遵守する誠実な納税者よりも利益を得るような事態を生ぜしめるべきでないことは当然である。そして、納税者の実額反証後に実施される課税庁の反面調査、証拠の収集は、確認すべき個々の経済取引がなされてから相当の年月を経過してなされるため、関係資料の保存期間の経過や取引き関係者の転出、所在不明などによって限界があり、著しく困難であるのに反し、実額反証を主張とする納税者は、もともと経済取引きの当事者であって、自己に有利な証拠を提出するのは容易であって、このように両者は対等な立場にないから、このような納税者に右のような立証責任を負担させても酷とはいえない。したがって、実額反証における立証の程度としては、合理的な疑いを容れない程度の証明を要すると解すべきであり、右実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるものではない。

そして、納税者が収入金額及び経費の双方について実額を主張し、課税庁の推計の方法による所得金額の立証を実額によって覆そうとする本来的意義における実額反証の場合、所得税法第二七条第二項が総収入金額から必要経費を控除した金額をもって事業所得の金額とし、同法第三七条第一項が売上原価その他当該収入金額を得るために直接要した費用等を必要経費の額としている以上、実額反証をするにおいては単に収入金額及び必要経費の一部を立証すれば足りるのではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であることまで立証しなければならないとういうべきである。何故ならば、限定的に把握された売上金額から、必要経費のみは総額を差し引くことによって算出された金額が所得の実額に近似しない数値になることは明らかであり、結局、右の総収入の点が立証されなければ、所得を実額で算定できない結果となるからである。また経費についても、それが納税者の事業と関連性を有するものであること及び当該年中債務が確定していることの立証を要することはいうまでもない。

次に、納税者が、その主張する収入がすべてであって他に収入がないことを立証できなかった場合、課税庁の主張する収入を認めるのみで何ら収入について主張・立証しない場合、課税庁の主張する推計の合理性を争うために部分的に実額を主張・立証する場合においては、収入及び経費ともに、限定的かつ個別的なものととらえるほかないから、納税者は、その主張する経費が個別の収入のどれに対応するかを立証しなければ、有効な反証とはなり得ないといわなければならない。

(二)  所得税法の収入金額は同法第三六条において発生主義によることが求められており、また必要経費については同法第三七条においてその計上は総収入金額に対応して行われなければならないと規定され、必要経費においても発生主義によって計上することが求められている。なお、青色申告者のうち、その年の前々年分の不動産所得の金額と事業所得の金額の合計額が三〇〇万円以下の者で、あらかじめ、所轄する税務署長に届け出た場合に限り現金主義によって計上することも認められている(同法第六七条の二、同法施行令第一九五条及び第一九六条)が、原告は右条件に該当していない。また、収入の計上時期は、権利確定主義を原則としていながらも、いつの時期をもって権利が確定したと解するかは、その所得によって一様ではなく、その例外を許さないものではないが、原告の事業所得は利益を目的とした継続的取引に基づく所得であり、権利確定主義に基づきその収入する権利の確定した金額をもって総収入金額に算入されるべき金額とすることを原則とし、右例外的な扱いをすべき所得ではない。また、必要経費に算入すべき金額についても、右総収入金額に対応した経費の金額を算入することが必要であって、右原則は、その事業規模の大小によりその取扱いが異なるものではない。そして、被告が推計課税の基礎とした売上は、原告の取引先の反面調査によって確認したものであり、当該係争年度分の各期首、期末の売掛金等の調整を行っており、いわゆる発生主義によって売上金額を計上しているから、被告税務署長において、現金主義と発生主義を混同していることはない。

2  原告の主張額について

(一) 収入額について

原告の業態においては、少なからず現金による収入が存在するのが普通であるから、原告に現金による収入が全くないということ自体不自然である。次に、原告の業態においては、同業者間での仕事の回し合いが存在しているのが通常であるから、原告においても、同業者仲間からの外注仕事又は外注先名義でなされた収入があったというべきである。そして、原告の主張するみすみ金型製作所からの収入は、一回だけでの単発取引であると推測されるが、同種の取引が他にも存在する可能性が高く、原告の営む金属プレス加工業に必然的に発生するくず鉄等の売却収入等いわゆる雑収入も計上されていない。このように、原告の主張する実額反証の収入においては、通常の取引先以外のいわゆる現金取引、単発取引や、雑収入取引が計上されていない。そして、原告及びその妻の銀行取引口座の入金と、同口座から引き出された金銭及び家計消費額(総務庁統計局の家計消費年報によるもの)の合計額とを対照とすると、後者が前者を上回っている月が多く、各年分の総額においても同様である。したがって、原告には右差額相当額を越える収入又は借り入れ金が存したものである。

(二) 収入原価について

(1) 収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿は存在せず、また、収入原価と収入との対応関係についての主張もなされていない。

(2) 給与については、原告本人が作成した書類以外に、雇人を雇用しこれに給与を支払っていたことを裏付ける資料がない。

(3) 外注費のうち、左記の分は、昭和五九年分外注費として請求されたものであるから、昭和五九年分の必要経費とするのが相当であって、昭和六〇年分の必要経費とはならない。

ア 昭和六〇年二月二日支払いの星川プレス一万二〇〇〇円

イ 昭和六〇年二月二日支払いの西垣製作所七万八八五二円

ウ 昭和六〇年二月二日支払いの中村加工所二万七六八〇円

エ 昭和六〇年二月二日支払いの堀井製作所九万八八六八円

オ 昭和六〇年三月四日支払いの堀井製作所二万〇五〇八円

(4) 接待交際費について

左記の支出はいずれも居宅兼作業所の新築に際して支払われたにもかかわらず、居宅部分の支出(家事関連支出)がない。

ア 昭和六二年七月一七日上棟式費用一二万二一〇〇円

イ 昭和六二年七月二一日上棟式記念のグラスセット一〇万二四〇〇円

ウ 昭和六二年一二月七日新築祝の記念品六万二三五〇円

また、作業所部分として事業に関連した支出があったとしても、その部分は資産の取得原価に算入されるべきである。

昭和六一年七月七日の得意先手土産代六五〇〇円は家事関連支出である。

(5) 通信費については、その中に家事関連部分が含まれている。

(6) 福利厚生費のうち、昭和六〇年八月三日の海水浴経費二五〇〇円は事業関連支出ではない。

また昭和六〇年八月二五日の従業員慰安会食費二九五〇円は、実際の支払が同月二八日二一時五分であり、その内訳にオコサマセットが含まれていることから、事業関連支出ではない。

昭和六〇年五月五日の従業員慰安旅行費用六万〇三七〇円については、各従業員の給料から旅行積立金として毎月三〇〇〇円の天引きをしていたが、経費支出との相殺又は天引累積額の雑収入計上がされていない。また、従業員以外の者が二名同行しており、これらの者に関する支出は事業関連性がない。

残業食事代の支払いについては、従業員が残業していない時、残業時間が一時間程度である時、さらには従業員が休みの時にまで残業食事代の支払いがされている。

(7) 諸会費のうち、昭和六一年一月三一日民主商工会一〇〇〇円は、領収書は「みさと健和病院友の会」となっており、家事関連支出である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各更正処分等の適否について判断する。

1  推計課税の必要性について

(一)  証人内田正雄、同曾田公雄の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告する者であり、原告が提出した本件係争各年分(昭和六〇年分から同六二年分まで)の確定申告書には、そのいずれにも収入金額及び必要経費の額が記載されておらず、原告は昭和六二年に居宅兼作業所を新築しており、原告に対する税務調査は長期間なされていなかった(以上の事実は、争いがない。)。

被告税務署長は、右確定申告書を調査したところ、所得金額の算出過程が不明であり、右事実によれば、原告の事業規模等からすると申告所得額が過少ではないかとの疑いがあったので、税務調査は長期間なされていなかったことをも考慮して、原告の本件係争各年分の所得税について調査する必要があると判断し、越谷税務署所属の内田事務官に原告の所得税調査に当たらせた。

(2) 内田事務官は、昭和六三年八月八日午前一一時一〇分ころ、越谷税務署所属の目崎事務官とともに原告宅を訪問し、原告に面接した上、本件係争各年分の所得税の調査を行うために来た旨を告げたが、原告が急ぎの仕事があるので、調査に応じられない旨を述べたため、帰署した(この点は、争いがない。)。

(3) 目崎事務官は、同年八月一一日、原告に電話をし、次回の調査日を同月三〇日午後一時とする旨原告から了解を得た。

内田事務官は、右同日時、越谷税務署所属の高山調査官とともに原告宅を訪問し、応接間に通されたが、そこには、原告のほかに曾田八潮民主商工会事務局長ら計九名が待機していた(この点は、争いがない。)。

内田事務官は、原告に対し、原告の本件各係争年分の申告所得金額につき確認をしたいので協力をしてほしい旨を告げたところ、原告は、「六〇年分のどこが間違っているか。それを言えば協力してみせる。」などと述べ、曾田事務局長とともに、具体的な調査理由を明らかにするよう執拗に要求し、さらに、「越谷だって申告している人が大勢いるのに、八潮のうちに来るのは不合理で納得できない。」などと述べた。内田事務官が、九人も立会人がいる中で調査理由を明らかにすることはできない旨を告げると、原告だけが別室で内田事務官から説明を受けることになった。そこで同事務官は、原告と別室に移り、一〇年近く原告に対する税務調査が行われておらず、原告が居宅兼作業所を新築していることから申告内容を確認したい旨説明した。しかし、原告から右説明内容の報告を受けた曾田事務局長らは、口々に、「そんなんじゃ理由とはいえない。」と発言し、原告もこれに同調して、一向に調査に応じようとせず、帳簿書類等を提示することもなかった。内田事務官はこれ以上の進展は望めないと判断し、原告に次回は立会人に退席してもらうことを要請して帰署した。

(4) 同年九月七日、原告から次回の調査日時を同月三〇日午後一時にしてほしい旨の電話連絡を受けた内田事務官は、右日時に越谷税務署所属の小林調査官とともに原告宅に臨場したところ、原告のほか八潮民主商工会会員ら二名が待機しており、原告は、原告の妻が休養のため鳩ケ谷に帰っており、経費を入れた書類が見つからないとして調査に応じようとしないため、内田事務官は「今ある書類だけでもよいから見せてほしい。」と述べ、調査への協力を要請したが、原告は、書類が全部揃ってから見せたいとしてこれを拒否したため、調査は進展しなかった(この点は、争いがない。)。

(5) 越谷税務署所属の竹之内統括官と原告との打ち合わせに基づき、同月二八日午後一時に内田事務官が小林調査官とともに原告宅に臨場したところ、原告のほか曾田事務局長ら八名が待機していた(内田事務官らが臨場し、原告ら九名が待機していたことは、争いがない。)。原告は「みんな忙しいところを一か月前から頼んでいるんだ。申告する時は記帳補助者として皆に見てもらっている。」と述べ、内田事務官による立会人の退席要求に応じず、また記帳補助者が八人も必要であった理由も説明せず、他の立会人も「この前は九人もいて往生したろうから、今日は八人で止めておいたんだ。」などと発言した。内田事務官は、原告に対し、調査に入ると取引先の秘密に属する話しも出てくるから第三者が立ち会ったままでは調査はできない旨説明し、立会人の退席および帳簿書類の提示を求めたが、立会人は、口々に「見せろというのは強制か。強制するんだったら令状を持ってこなくてはだめだ。」「調査は延期だ。」「調査は中止だ。」などと発言し、原告も、立会人の退席に応じられない旨言明した。なお、この時テーブルの上には二、三冊のバインダーが置かれていたが、原告がこれらを内田事務官らに提示したり、説明したりすることはなかった。内田事務官は、このような状態では原告から帳簿書類の提示を受ける等の調査協力を得ることはできないと判断して帰署した。

(6) その後、内田事務官は、反面調査により原告の本件各係争年分にかかる所得金額を推計し、昭和六三年一二月二〇日に原告に修正申告をする意思の有無を確認したところ、原告は、同年一二月二三日に同事務官に電話し、翌年一月に原告方に赴くように求めたが、その際立会人を二名同席させる旨述べ、さらに平成元年一月六日にも内田事務官に電話し、同月三〇日に原告方に赴くこと及びその際立会人を一人を同席させることを求めた。しかし、原告は、いずれの場合にも立会人の職業や立場等を説明しなかったため、内田事務官は、調査の際に従来と同様の状態が繰り返される可能性が強いと考え、原告の右各要請に応じなかった。

(二)(1)  税務職員が納税者に対して行う質問検査(所得税法第二三四条一項一号)は、権限を有する税務職員において、調査の目的、調査すべき事項、申告・申請の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合に、これを行うことができるものであり、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、過少申告である疑いがある場合ばかりでなく、申告の適否すなわち申告の真実性、正確性を確認する必要性が存する場合も、調査の客観的必要性があるものと解するのが相当である。

本件においては、前認定のように原告の提出した本件各係争年分の所得税の確定申告書には、いずれも所得金額の記載があるだけで、収入金額及び必要経費の記載がなく、所得金額の算出根拠が全く不明であったうえ、昭和六二年に原告が居宅兼作業所を新築していたので、原告の申告所得額が過少ではないかとの疑いがあり、また原告に対する調査が従前長期間なされていなかったのであるから、原告につき調査をする客観的必要性があったものということができる。

(2)  次に、所得税法第二三四条第一項は、調査の必要性があると判断される場合には、調査の一方法として、同条第一項各号規定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めたものであるところ、右質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査の理由の開示の有無・程度、事前通知の有無等実定法上特段の定めのない実施細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。そして、第三者の立会いを許容するかどうかも、質問検査の実施細目の一内容として、同様に右のような税務職員の合理的な選択に委ねられているところである。そこで、前認定のように被告税務署長の所部係官は、原告に対し調査理由として、一〇年近く税務調査が行われておらず原告が居宅兼作業所を新築している旨告げ、また調査に入ると取引先の秘密に属する話も出てくることを理由に第三者の立ち合いを許容しなかったところ、右所部係官のこのような処置は、その合理的選択の範囲内であると認めるのが相当である。

なお、原告は、質問検査の必要があるとは、調査の必要があるだけではなく、罰則の裏付けのある質問検査によることの必要があることも要すると主張し、また第三者の立会を許容しないことが違法であるとして縷々主張するけれども、質問検査に関する規定および解釈は右のとおりであるから、右主張は採用することができない。

また、原告は、被告が協力団体として取り扱う団体については常に第三者の立会を許容しながら、民主商工会に属する納税者については第三者の立会を許さない不平等な取り扱いをしており、また被告税務署長の管内において、調査における第三者の立会は慣行化していると主張するけれども、これら事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上のとおり本件調査手続には何ら違法な点はないところ、原告は、調査の理由及び必要性を具体的に告知すること及び第三者の立会を執拗に要求し、右要求が容れられない限り質問検査に応じようとせず、帳簿書類を提示しようともしなかったのであるから、被告税務署長の所部係官が原告に対する質問検査を打ち切ったことはやむを得なかったものというべきである。このように原告が調査に協力せず、そのため原告に対する質問検査によって原告の所得の実額を把握することは不可能であったのであるから、被告税務署長としては、推計の方法による他に原告の申告に係る所得金額に誤りがないかどうか確認する方法はなかったものであり、したがって、本件各更正処分については、推計の必要性があるものということができる。

3  推計の合理性について

(一)  いずれも成立に争いがない乙第六号証の一及び二、第七号証、第八号証の一ないし一七、第九ないし第一一号証によれば、被告税務署長が原告の取引先に対する反面調査によって把握した収入金額は、別紙(二)記載のとおりであって、昭和六〇年分が八三三万二五一二円、同六一年分が八七四万〇七〇〇円、同六二年分が六五四万〇六七一円であることが認められる。

(二)  次に、成立に争いがない乙第一七号証、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証及び第五号証、証人津久井清隆、同内田正雄の各証言を合わせると、被告税務署長は、比準同業者として、越谷税務署管内の八潮市及び三郷市に住所を有し、原告と同様金属プレス加工業を営む個人事業者のうち、(1)所得税青色申告決算書を提出していた者で、年間収入(売上)金額(雑収入を除く)が本件各係争年分ごとに原告の収入金額の約二分の一以上、二倍以内の範囲の者、すなわち昭和六〇年分は四一六万円以上一六六六万円以下、同六一年分は四三七万円以上一七四八万円以下、同六二年分は三二七万円以上一三〇八万円以下である者、(2)歴年を通じて金属プレス加工業を継続して営んでおり、原材料の仕入がない者、(3)災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、(4)税務署長から更正または決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者並びに不服申立及び訴訟係属中でない者、以上の要件に該当するすべての事業者を抽出し、(なお右個人事業者の配偶者が事業専従者であるかどうかは選別の基準とせず)、それぞれの事業者について本件各係争年分に係る売上(収入)金額、所得金額及び所得率を求め、その所得率を平均して比準同業者の同業者所得率の平均値を算出したこと、右比準同業者の売上(収入)金額、所得金額、所得率は別紙(三)ないし(五)のとおりであって、同業者の平均所得率は、昭和六〇年分が五七・五四パーセント、昭和六一年分が五八・六六パーセント、昭和六二年分が五九・九九パーセントであること、被告税務署長は、反面調査により把握した原告の前記各収入金額に、右比準同業者の平均所得率を乗じて本件各係争年分の所得金額を推計したこと、なお三郷市と八潮市は隣接しており、越谷税務署所轄管内の他の市町村に比較して金属プレス加工業が集中操業していることが認められる。

(三)  右認定の事実によれば、右同業者所得率の算出のために抽出された比準同業者は、原告と業種を同じくし、事業場所、事業形態及び事業規模の点で原告と類似性を有する同業者ということができ、また右同業者は、一年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定していることから、右同業者の売上原価等の算出根拠となる資料は正確性の高いものであり、かつ選定された同業者は一七ないし二四件であって、同業者の個別性を平均化するに足りる件数である。そして、その抽出作業に被告税務署長の恣意が介在する余地はないから、右比準同業者の算出所得率及びその平均所得率は、個々の同業者の個別的事情を捨象したものということができる。

ところで、原告は、同業者の平均所得率が妥当しない特殊な家庭の事情があったと主張し、前掲甲第九六二号証、第一〇一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の妻ヒロエは昭和五三年ころに躁鬱病となって、同年三月に入院し、その後退院したが、同年五月六日ころに自殺未遂をおこしたことがあり、その後も薬の服用が必要で、自宅療養のような生活を続け、昭和六〇年四月に娘の処へ行ったところ、原告に女性関係がある等と言って原告の元に戻ろうとせず、間もなく離婚の調停を申し立て、そこで原告はヒロエと話し合った結果、同女の希望を聞き入れ、孫と同居できるようにするためにも自宅を新築したというのである。しかしながら、個人事業者が配偶者を有するかどうか、及び配偶者がその事業にどの程度従事していたかは、前記のように同業者の平均所得率を算出するに当たり捨象された個別的要素であり、また原告本人尋問の結果によれば、本件各係争年度において、預貯金はすべてヒロエが管理しており、原告はその内容が分からないというのであるから、ヒロエがおよそ労働することができなかったということはできないので、原告の右家庭状況だけでは、原告につき前記同業者の平均所得率を適用することを不合理とする特殊事情があるということはできない。

4  本件各更正処分の所得金額

原告の収入金額は前記のとおり昭和六〇年分が八三三万二五一二円、同六一年分が八七四万〇七〇〇円、同六二年分が六五四万〇六七一円であり、これに各年度の同業者の平均所得率を乗じると、推計による原告の所得金額は、昭和六〇年分が四七九万四五二七円、同六一年分が五一二万七二九四円、同六二年分が三九二万三七四八円である。そうすると、被告税務署長が本件各更正処分において認定した所得金額は、昭和六〇年分が四六一万一二九六円、昭和六一年分が四六七万六二二五円、昭和六二年分が三七四万三六七二円であるから、後者の金額は前者のそれの範囲内にあることは明らかである。そして、右所得金額を基にして賦課される過少申告加算税が本件各過少申告加算税賦課決定処分にかかるそれを越えないことは、明らかである。

三  原告の実額の主張に対する判断

1  所得税法第二七条第二項によれば、事業所得の金額は総収入金額から必要経費を控除した金額であり、同法第三七条第一項によれば、必要経費の額は売上原価その他当該収入金額を得るために直接要した費用等であるから、実額反証においては、単に収入金額及び必要経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であることまで立証しなければならない。

すなわち、推計課税の場合には、税務署長が反面調査等によって把握し得る売上金額の範囲には自ずと限界があって、実際には納税義務者の売上金額に捕捉漏れがある可能性があり、したがって、税務署長の主張する売上金額は、推計の合理性を基礎付ける事実として、あくまでもその額を下らない売上金額があったというものにすぎず、実際の売上金額に合致するとは限らない。そこで、必要経費だけの立証をして、右のように限定的に把握された売上金額から右のような必要経費の総額を差し引いても、このようにして算出された金額が所得の実額に近似しない数値になることは明らかであるから、結局実額で所得を算定するためには、総収入の立証を要するというべきである。なお、このような場合、実額反証を主張する納税者は、もともと経済取引の当事者であって、自己の取引に関する証拠を提出することは容易であるといいうるから、必要経費とともに総収入の立証を要するからといって、納税者に過重な立証の負担を課するものとはいえない。

また、納税義務者が、その主張する収入以外に収入がないことを立証できず、あるいは税務署長の主張する収入を認めるだけで何ら収入について主張・立証しない場合において、税務署長の主張する推計の合理性を争うために部分的に実額を主張・立証するときは、収入及び経費とともに限定的かつ個別的なものと捉えるほかないから、納税義務者は、その主張する経費が個別の収入のどれに対応するかを立証すべきものと解すべきである。

2  所得税法第三六条第一項にいう収入すべき金額とは、収入すべき権利の確定した金額の意であって、同法は、現実の収入がなくても当該収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があるものとして、右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解され(最高裁昭和四〇年九月八日決定、刑集一九巻六号六三〇頁、同昭和四九年三月八日判決、民集二八巻二号一八六頁、同昭和五三年二月二四日判決、民集三二巻一号四三頁参照。)、同法第三七条第一項に定める必要経費に算入すべき金額についても、右権利確定主義を採用しているものと解される。

なお、同法によれば、青色申告書を提出することにつき、税務署長の承認を受けている居住者で、不動産所得又は事業所得を生ずべき業務を行う者のうち小規模事業者として政令で定める要件に該当する者については現金主義によることも認められている(同法第六七条の二、同法施行令第一九五条及び第一九六条)が、原告は、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者ではないから、原告は右現金主義による得る場合に該当しない。

3  売上金額について

原告は、売上金額を証明する証拠として、甲第九八二号証ないし第一〇〇六号証を提出し、これによれば、本件係争各年度の売上は原告の主張に添う如くである。しかしながら、右各証拠は、売上帳、請求書(控)領収書(控)、銀行口座記録及び通帳であって、現金出納帳は提出されていない。そして、前掲甲第九六二号証、原告本人尋問の結果によれば、パートの従業員として雇用していた八田幸一(以下「八田」という。)が請求書、領収書等を保管、管理し、及び売上帳、外注費台帳等を作成するとともに、支払を担当していたが、これら書類の保管方法は定めておらず、同人がその机の引き出しに保管し、税務申告時にこれら書類を集計していたもので、ところが同人は、飲酒癖が強かったため、出勤状況は一定せず、継続して出勤しないことがあり、飲酒癖のため入院したこともあり、右入院期間中は原告が、帳簿を記帳していたこと、また現金出納帳を作成していないが、その理由は、賃加工であるので、掛け売りや掛け買いはなく、取引先からの支払はすべて手形又は小切手若しくは口座振り込みの方法でなされ、現金の入金は殆どないからであるというのである。しかし、右のような八田の勤務状況や領収書等の保管体制によれば、八田が果たして正確に売上を把握してこれを記帳し、及び請求書等を確実に保管していたかどうかは疑問が生ずるところであり、また掛け売りをしないというのであれば、取引先からの支払は現金によるものはなく手形又は小切手によるものがあるというのも、矛盾することといわなければならない。次に、原告の業態に照らすと、通常単発取引や雑収入取引もあり、及び現金による収入もあるものと推定されるところ、原告がおおよそこのような取引きや収入を全く否定することも不合理である。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件係争各年分の期間中に仲間取引による仕事をしていたことが認められるところ、原告は、仲間取引に係る収入につき一切立証しておらず、ちなみに、成立に争いがない甲第一〇〇五号証及び第一〇〇六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第九九一ないし第九九八号証、第一〇〇〇ないし第一〇〇四号証によれば、原告の預金口座に対する入金中には、現金によるものあるいはその入金の理由が明白でないものがあることが認められる。

以上のとおりであるから、原告の提出した資料が、取引の実態を正確に記帳し全ての売上金額を立証するに足りる客観的な資料であるということではできないのであって、結局売上金額の全額について立証がなされたものと認めることはできない。なお、前掲甲第九六二号証、原告本人尋問の結果によれば、原告の主張する収入は、昭和六〇年と六一年においては、被告の主張より多いけれども、右事実だけをもって、原告の主張する収入が実額であるといえないことは明らかである。

4  経費について

原告は、前記のとおり売上金額の全額についての立証を行っていないから、その主張する経費については、個別の収入との対応関係を立証することを要するところ、このような売上と費用との個別的対応関係を明らかにするためには、収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿等の資料が不可欠である。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は全体の経費帳は作成していなかったというのであり、本訴においても、原告は、収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿等の資料を提出していない。そのうえ、原告の主張ないし提出に係る証拠については、次のような疑問がある。

(一)  外注費について

甲第三〇一から第三三〇号証は昭和六〇年分、同第六一〇から第六三四号証は昭和六一年分、同第六二一から第六八九号証は昭和六二年分の各外注費に関する請求書、領収書等であるが、これらそれぞれの外注費がいずれの売上に対応するものであるかを確定し得る証拠はない。

そして、前記のとおり必要経費についてもいわゆる権利確定主義によるべきところ、原告の主張する外注費のうち左記の分は昭和五九年分外注費として請求されたものであることは当事者間に争いがないから、これらは、昭和六〇年分ではなく、昭和五九年分の必要経費とするのが相当である。

(1) 昭和六〇年二月二日に星川プレスに対する支払い一万二〇〇円

(2) 同日に西垣製作所に対する支払い七万八八五二円

(3) 同日に中村加工所に対する支払い二万七六八〇円

(4) 同日に堀井製作所に対する支払い九万八八六八円

(5) 同年三月四日に堀井製作所に対する支払い二万〇五〇八円

(二)  雇人に対する給与・賃金について

前掲甲第九六二号証及び原告本人尋問の結果によれば、従業員の出勤の有無及び勤務時間は、グラフ用紙を用いた表に各人が帰宅する際に自分で記載する方法で把握されており、これを八田が毎月集計していたというのであるが、昭和六〇年度分については、従業員の勤務状況に関する証拠は全く提出されておらず、また右甲第九六二号証及び成立に争いがない甲第六四五号証の三、第六四五号証の四、第六五一号証の二、第六五七号証の二によれば、原告は、昭和六二年一月から六月までの従業員の源泉徴収税を納付しておらず、その理由は、昭和六一年の年末調整の戻りが多かったためであるというのであるが、右理由は合理的なものということはできない。

(三)  接待交際費について

(1) 居宅兼作業所の新築の関連支出

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第八八二ないし第八八四号証、第八八六号証、第八九八号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、居宅兼作業所の新築に際し、昭和六二年七月一七日に上棟式費用として一二万二一〇〇円、同年同月二一日に上棟式記念のグラスセット費用として一〇万二四〇〇円、同年一二月七日に新築祝の記念品費用として六万二三五〇円を支出したと認められるけれども、居宅部分の支出(家事関連支出)との区分がなされておらず、また、作業所部分として事業に関連した支出部分は資産の取得原価に算入されるべきである。

(2) 原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五〇一号証並びに右尋問の結果によれば、原告は昭和六一年七月七日に得意先に対する手土産費用として六五〇〇円を支出したが、これは家事関連支出と認められる。

(四)  通信費について

成立に争いがない甲第一八三ないし第一九一号証、第一九三号証、第四四三ないし第四四六号証、第四四八ないし第四五五号証、第八〇八ないし八一六号証によれば、原告は、本件係争各年度に電話料金を支払ったことが認められるけれども、本件全証拠によっても家事関連部分の通信費が除外されているか否かが明らかでない。

(五)  福利厚生費について

(1) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇〇号証によれば、原告は、昭和六〇年八月三日に駐車場料金として二五〇〇円を支出したことが認められるけれども、右支出が事業関連のものと認めるに足りる証拠はない。

(2) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇二号証によれば、原告は、昭和六〇年八月二八日に食事費用として二九五〇円を支出したと認められるけれども、右証拠によれば、右支払中にはオコサマセットが含まれており、右支出が事業関連の支出と認めるに足りる証拠はない。

(3) 従業員の慰安旅行費用

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第八三号証の一、二によれば、原告は、昭和六〇年五月五日に従業員の慰安旅行費用として六万〇三七〇円を支払ったと認められる如くであるが、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三三一号証によれば、原告は各従業員の給料から旅行積立金として毎月三〇〇〇円の天引きをしているから、原告が右旅行費用全額を支出とすることは認められないところ、経費支出との相殺又は天引累積額の雑収入計上はされていない。また前掲甲第九六二号証によると、昭和六〇年五月当時の原告の従業員は三名であるところ、右甲第八三号証の一、二によれば、右慰安旅行には五名が参加しており、すなわち従業員以外の者が二名同行していることが認められるので、右二名分の支出については、事業関連性はないものというべきである。

(4) 残業食事代

成立に争いがない乙第二二号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三四〇号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三四九号証の二、第三五七号証の二、第三六四号証の二、第六四五号証の二、第五七四ないし第五七九号証、第五八一号証、第五八二号証、第五八四ないし第五八九号証、第五九一号証、第五九五号証、第五九七号証、第六〇一号証、第六〇二号証、第六〇五号証、第七〇四ないし第七一〇号証によれば、出勤表によると、昭和六一年一月一四日、同月一八日、同年二月二二日、同年三月九日、当月一〇日、同年四月三日、同年五月一八日、同月一九日、同月二五日、同年六月五日、同月一四日、同月二三日、同月二九日、同年七月一五日、同月二九日、同年八月一四日、同年九月七日、同年一〇月一五日、同月一七日、同年一二月七日、昭和六二年六月一〇日、同月二八日、同年七月一四日、同月一五日、同年八月一一日には、従業員の残業時間が一時間程度か、あるいは日曜日で従業員全員が出勤していないにもかかわらず、残業食事代の支払がなされていることが認められる。

(六)  原告の主張する経費については、以上のような疑問点があるから、前記のような原告の妻の事情が経費に及ぼした影響の如何を検討するまでもなく、その実額を認定することはできない。

5  結局、原告の売上金額(実額)の立証は不十分であり、かつ、経費につき収入との対応関係についての立証もなされていないから、原告による実額反証によって前記推計を覆すことができないことは明らかである。

三  本件裁決の適否について

1(一)  いずれも成立に争いがない甲第一〇四七号証、乙第一二号証、第一四号証の一及び二、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一五号証の一ないし三、証人髙舘裕の証言により真正に成立したものと認められる乙第一六号証並びに証人髙舘裕の証言によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

本件審査請求を担当した髙舘裕審査官は、平成二年一月二三日、国税不服審判所に赴いた原告から主張を聞き、これに基づき補正陳情録取書及び釈明陳述書取書を作成し、その主張を裏付ける資料を同年二月九日までに提出することを求めた。原告は、右二月九日に昭和六一年分の残高試算表と題する書類とその付属書類、及び源泉徴収表の写しを提出したが、昭和六〇年分及び昭和六二年分の資料を提出しなかった。そこで、髙舘裕審査官は、原告に対し、同年三月三日に昭和六一年分以外の年分について証拠資料等を提出する意思の有無を確認し、同年同月六日ころに同月一七日までに右資料を提出するように通知した。原告は、同月一九日に昭和六〇年分の損益計算書及び昭和六二年分の損益計算書並びに右各年分の必要経費に係る領収証及び外注費に係る納品書及び請求書を提出した。そこで、井上利夫国税審判官らが、これら資料を検討したところ、本件係争各年分について、収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿の提出がなく、収入金額については、請求書(控)及び領収証(控)の提出がなく、給料賃金については、雇人の日々の勤務実績を明らかにする出勤簿等の資料の提出がなく、及び必要経費に係る領収証等の中にはその費用の支出と事業との関連が明らかでないものが含まれていた。そこで、担当審判官らが原告に対し追加資料の提出を電話で促したところ、原告は、資料は提出したものが全てであると返答したため、担当審判官らは、原告が提出した証拠資料によっては、本件係争各年分の事業所得の金額を実額計算の方法で算定することができないと判断した。なお、担当審判官は、同年四月一一日に原告から妻が病気であったから外注費やパートの使用による経費が多かったとの主張を聞いたが、これらの事情は、右結論を変更し得るものではなかった。以上の経過で、被告国税不服審判所長は、本件裁決をした。

(二)  右事実によれば、担当審判官らにおいて、原告の提出した証拠資料を精査、検討しているのであるから、本件審査請求に対し被告国税不服審判所長が実質的審理をしなかったとの違法はない。

2  次に、前掲甲第一〇四七号証、乙第一二号証によれば、本件裁決書には、実額が認定できず推計課税を採る理由として、本件係争各年分について、収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿の提出がないこと、収入金額については、請求書(控)及び領収証(控)の提出がないこと、給料賃金については、雇人の日々の勤務事績を明らかにする出勤簿等の資料の提出がないこと、及び必要経費に係る領収証等の中にはその費用の支出と事業との関連が明らかでないものが含まれていることを挙げているから、被告国税不服審判所長がその結論に到達した理由が具体的に記載されており、これによって原告においても本件裁決の理由を知ることができるといい得るから、本件裁決には、理由不備の違法はないというべきである。

3  したがって、本件裁決には何ら違法はない。

四  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 高橋祥子 裁判官 岡口基一)

別紙(一)

〈省略〉

別紙(二)

〈省略〉

別紙(三)

同業者率表(昭和60年分)

〈省略〉

別紙(四)

同業者率表(昭和61年分)

〈省略〉

別紙(五)

同業者率表(昭和62年分)

〈省略〉

別紙(六)

〈省略〉

別紙(七)

〈省略〉

別紙(八)

〈省略〉

別紙(九)

〈省略〉

別紙(一〇)

原告の売上(収入)金額の推計

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例